新日本プロレスの永遠のヒールとして知られておりベテランの外道。ベテランのレスラー、トレーナーとして存在感を放っています。

ソース画像を表示

IWGPのジュニア・ヘビー級タッグチャンピオンの実績もあり、邪道とののタッグもめちゃくちゃ有名で健在ですね!!

現在のフィニッシャーはスーパーフライ。いわゆるフロッグ・スプラッシュでダイビングボディ・プレスですな。

さらにキャメルクラッチの体勢で相手の上体を反らしつつ、首を下に押し込むようにして相手の体を前方半回転させ前方に重心を移動、エビに固める外道クラッチ。蝶野正洋にも伝授したコンプリート・ショット、トラース・キックがフィニッシュまでの繋ぎですね。

他にもアトミック・ドロップとは逆方向、すなわち向かい合った状態で相手に対してダブル・レッグ・ダイブで抱え上げる。そして、右足を突き出す形で片膝立ちになり、腿に相手の股間を叩きつけるマンハッタン・ドロップ、とでも飛距離のあるダイビング・ヘッドバット、ラリアット等を受ける際、全身をきりもみ式に回転させて受け身を取るテクニック木の葉受けも有名ですね。

プロレスが大好きな方もあまりプロレスを知らないけどこれから見たい人も人気抜群の彼の試合は必ず見たいはず…そう考えて彼の簡単な経歴をまとめました!

AJスタイルズの試合を日本で見る方法は?これまでの経歴も紹介!

外道の戦歴

ソース画像を表示

外道の経歴

外道は東京都に生まれており1969年生まれ。本名は高山 圭司ですな。デビュー以来一貫して「兄弟」こと邪道とのタッグチーム(邪道&外道)で活動しております。

邪道とのタッグは後記するユニバーサル、FMWの一時期を除き、20年以上もほぼ断続的に活動しており、現存するタッグチームでは国内最長。

1988年、たけしプロレス軍団のオーディションに合格してプロレス入り。アポロ菅原に受身やプロレスの基礎を学んでおりますな。

1989年3月19日、オランダ・アムステルダムのエイデンホールにおける、モンキーマジック・ワキタ(現:スペル・デルフィン)戦でデビュー。その後、リングネームをブラック・アイドマンに改名しFMWに在籍しておりましたな。

戸澤陽の試合を日本から見る方法は?これまでの経歴も紹介!

キャリア初期

ソース画像を表示

1990年3月、ユニバーサル・プロレスリングの旗揚げに参加。「ブルドッグ・KT」のリングネームで「クーリー・SZ(ショージ(後の邪道))」と共に、タッグチーム『パニッシュ&クラッシュ(略称:パニクラ)』を結成。ロード・ウォリアーズのオマージュ・キャラクターのような出で立ちで活躍。同年9月1日に大宮スケートセンターで行われた全日本女子プロレスのブル中野対アジャ・コングの金網デスマッチをレフェリーとして裁いた。外道はアジャのリングアウト勝ちを宣言したものの、不自然な判定に物議をかもし、ファンからのブーイングを浴びる結果となった(ちなみにこの不穏試合をきっかけにノーレフェリーによる金網デスマッチの再戦が行われ、女子プロレス史に残る金網最上段からのギロチンドロップによる失神KO事件に繋がる)。11月17日、後楽園ホールで行われた大会でパニッシュ&クラッシュとしてモンキーマジック・ワキタ&MASAみちのく(現:ザ・グレート・サスケ)組と対戦、この試合でスーパーパワーボムを初披露し、わずか1分19秒でクーリーがMASAみちのくからピンフォール勝ち。後に、ブルドッグ"パニッシュ"KTと改名。一時、邪道とのタッグを解消し、パット・タナカ&ビジャノ3号と『バッドカンパニー』を結成し、敵対したことがあり、この時代に受身の達人と称されるパット・タナカと行動を共にしたことが、後の受身技術の向上に繋がりましたな。外道は時折、ラリアットを受けた際に自らの体を木の葉のように回転させて受身を取ることがあるが、これはもともとタナカのオリジナル・ムーブです。

1991年4月、クーリーと共にメキシコ遠征に出発。グラン浜田に教えを請い、プロレスの幅を広げて同年11月に帰国し、ロス・カウボーイズを破りUWA&UWF認定インターコンチネンタルタッグ王座を獲得しています。

1992年11月、クーリーと共にフリーに転向。現在のリングネーム外道に改名し、再度、メキシコ遠征に出発する。帰国後はW☆INGなどのインディー団体に参戦。1993年11月2日に小田原駅前旧市営球場特設リングで行われた、金村ゆきひろ&中牧昭二 vs 邪道&外道のスクランブル・ファイヤー・デスマッチで高山秀男(後の非道)がマット中央へ点火、その火炎の中へ邪道が金村にパワーボムを仕掛けて、金村に大火傷を負わせ長期欠場へと追い込んでいます。

1994年2月、ウルティモ・ドラゴンの誘いを受け、邪道と共にWARに主戦場を移してからは、冬木弘道、邪道と共に冬木軍を結成し、メジャー・インディー問わずに暴れまわります。この時代に冬木、阿修羅・原に鍛え上げられ、現在でも邪道と共に両者を心の師として仰いでいますな。この頃はまだ両者共肉体改造前で、小さめのTシャツにモンペ風のズボンという、同色、お揃いのコスチュームでありました。同年4月16日、両国国技館で行われたスーパーJカップ1st STAGEに負傷欠場した折原昌夫の代役として出場、ベスト4入りを果たす健闘を見せています。

1995年12月13日、両国国技館で行われたスーパーJカップ2nd STAGEに出場。茂木正淑、ドス・カラス、ワイルド・ペガサスら強豪を次々と破り決勝戦にコマを進めるも、決勝で獣神サンダー・ライガーの雪崩式フィッシャーマン・バスターの前に敗れ、準優勝となりましたな。

1999年7月31日、当時世界ブラスナックル・タッグ王座を中川浩二と保持していた外道はFMW後楽園ホール大会で同王座2度目の防衛に成功し、中川と共に、初代WEWタッグ王者に認定。8月23日、同じく後楽園ホール大会で黒田哲広&大矢剛功組に敗れ王座転落するも12月11日、後楽園ホール大会でリッキー・フジ&フライングキッド市原&チョコボール向井組を下し、邪道&中川浩二と共に2度目のWEW6人タッグ王座を獲得しましたな。

2000年4月1日、横須賀市総合体育会館において、中川と共に冬木弘道&井上京子組からWEWタッグ王座を奪取。この時点で中川と共にWEWタッグ&6人タッグ王座二冠王に。4月25日、渋谷ON AIR EASTで冬木弘道&井上京子&チョコボール向井組に敗れWEW6人タッグ王座から転落するも、5月3日、博多スターレーン大会において邪道&中川浩二と共にWEW6人タッグ王者に返り咲き、中川と共に二冠王にも返り咲きましたな。しかし5月28日の後楽園大会でまたしても冬木弘道&井上京子&チョコボール向井組に敗れWEW6人タッグ王座から転落。さらに同日、中川とのコンビ解散を理由にWEWタッグ王座を返還。タッグパートナーを邪道に変えて、7月14日、高松市総合体育館で行われたWEWタッグ王座決定戦でH&黒田哲広組を下し、自身3度目のWEWタッグ王者となります。しかしわずか2週間後の7月28日、後楽園ホール大会でプロレスリング・ノア所属の井上雅央&金丸義信組に敗れ王座転落。8月28日、後楽園ホール大会で保坂秀樹&佐々木嘉則組の持つWEWハードコアタッグ王座に挑戦するも敗退。9月17日にはディファ有明大会でパートナーを邪道&中山香里に変更し、3度目のWEW6人タッグ王座獲得。9月21日、月寒アルファコートドームで行われた保坂秀樹&マンモス佐々木 vs 金村キンタロー&山川竜司 vs 邪道&外道の3ウェイダンスマッチ制し、WEWハードコアタッグ王座を獲得。邪道と共に、WEW6人タッグ&ハードコアタッグ王座の二冠王となりましたな。10月12日、博多スターレーン大会でスプリーム&ホームレス・ジミーに敗れWEWハードコアタッグ王座から転落しています。

2001年1月7日、後楽園ホール大会で冬木弘道&黒田哲広組を破り、田中将斗と共に通算4度目のWEWタッグ王座を奪取。2度目のWEWタッグ&6人タッグ王座二冠王となるも1月27日、WEW6人タッグ王座を返上。2月、邪道、田中将斗、中山香里と「コンプリート・プレイヤーズ」を結成し、11日に邪道、田中将斗とコンプリート・プレイヤーズとしてのタッグで、WEW6人タッグ王座決定戦を冬木弘道&GOEMON&怨霊組と行いこれに勝利。4度目のWEW6人タッグ王座獲得、3度目のWEWタッグ&6人タッグ王座二冠王となるも、わずか10日後の2月21日に邪道、田中将斗と共にFMWを離脱。再度フリーへと転向し、WEWタッグ並びにWEW6人タッグ王座は空位となりましたな。その後、フリーランスのユニット「コンプリート・プレイヤーズ」として新日本プロレス、全日本プロレス、ZERO-ONE、みちのくプロレスなど様々な団体に参戦。
邪道・外道としては大日本プロレス、格闘探偵団バトラーツなどのインディー団体を中心に参戦し、2001年6月、宇都宮大会より邪道と共にTEAM 2000のメンバーとして新日本プロレスに本格的に参戦。体重を落とし、ジュニアヘビー級にその主戦場を移した。この頃から邪道と共にプロレス界には珍しく科学的なトレーニングを取り入れ肉体改造を行い、筋骨隆々な肉体へと変貌を遂げ始めます。きっかけはECW参戦時に外国人レスラーのプロ意識に感動したため[2]。同年7月20日、札幌ドーム大会で獣神サンダー・ライガー&エル・サムライ組を破り、邪道と共にIWGPジュニアタッグ王者となります。さらに邪道とのタッグで、プロレス大賞の年間最優秀タッグ賞を受賞した。11月にはコンプリート・プレイヤーズとしての自主興行も開いていますな。

R・トゥルースの試合をテレビで見る方法は?これまでの経歴も紹介!

新日本プロレスでの活躍

ソース画像を表示

2002年2月8日、岐阜産業会館で田中稔&成瀬昌由組を破り、IWGPジュニアタッグ王座歴代最多連続防衛記録を樹立。4月22日、博多スターレーン大会での柴田勝頼&井上亘組の挑戦も退け通算6度目の防衛を達成し、同王座歴代最多防衛記録を更新するも、5月2日、東京ドーム大会で獣神サンダー・ライガー&田中稔組に敗れ、王座転落。9月7日には邪道と組んでジョーニー・ローラー&シェーン組と対戦し、ローラーにスクールボーイで丸め込まれてフォール負け。新日本プロレス史上初の女性レスラーのフォール勝ちという記録の立役者となってしまいます。試合後に外道は下腹部の痛みを執拗に訴え、「この痛みをローラーに分からせてやりたい。それができないのが悔しい」と述べてましたな。11月4日、幕張メッセ大会でジュニアトライアスロンサバイバーにTEAM 2000 Jr.として金本、邪道とのチームで参戦。決勝戦で、獣神サンダー・ライガー&ヒート&タイガーマスク (4代目)を破り、優勝します。

2003年11月1日、プロレスリング・ノアの日本武道館大会で杉浦貴が保持するGHCジュニアヘビー級王座に挑戦するも敗退。同月29日、金本が負傷のため、返上したIWGPジュニアタッグ王座をかけて宮城県スポーツセンター大会で田口隆祐&後藤洋央紀組と対戦。邪道と共に同王座2度目の獲得を果たします。

2004年3月12日、国立代々木競技場第2体育館においてカレーマン&アメリカン・ドラゴン組に敗れIWGPジュニアタッグ王座を失います。しかし6月5日、大阪府立体育会館大会でのリターン・マッチに勝利し邪道と共に3度目のIWGPジュニアタッグ王座を獲得し、ライガーらとC.T.U(Control Terror Unit)を結成しましたな。

2007年5月1日、後楽園ホールで行われたWRESTLE LAND 9thに邪道と共に、WAR時代のようなお揃いのコスチュームで参戦し、近藤修司&"brother"YASSHI組と対戦。当時「コンブラ」の略称で人気を博し、ヒールのタッグチームとして活動していた2人と、国内最長を誇るヒールタッグチームの邪道・外道との対戦は両者共に感情向き出しで鮮烈を極めます。特に邪道は顕著で試合中、止めに入ったタッグパートナーの外道をも突き飛ばすなど、その暴走に歯止めが効かなくなりましたな。結果は邪道がレフェリーへ暴行したことによる反則負け。ゴングが鳴らされた後も、なお暴れる邪道を外道は必死で止めてましたな。翌2日、後楽園ホール大会でディック東郷&TAKAみちのく組に敗れ王座転落。同年7月、C.T.U解散(公式的な解散は8月26日、邪道・外道の離反による解散という側面もあった)に伴い、天山率いるG・B・Hへ加入。天山が追放され真壁刀義が新たなリーダーとして陣頭指揮を取るようになると、それに追随してG・B・Hとして活動を続けましたな。

2009年3月から椎間板ヘルニアのため長期欠場。同年4月、矢野通の裏切りによってG・B・Hが空中分解した後は、矢野に追随する形で新ユニットCHAOSを結成。8月30日、後楽園ホールにて邪道、外道デビュー20周年記念興行を開催しそれに伴い復帰。邪道と共にメインで登場し、プロレスリング・ノア所属の金丸義信&平柳玄藩組と対戦。邪道が平柳を下し、邪道と共に有終の美を飾ったが、全日本参戦時にタッグを組んだこともあった金丸との因縁が勃発。10月3日、ノアの大阪府立体育会館大会で金丸義信&鈴木鼓太郎組が持つ、GHCジュニアヘビー級タッグ王座に挑戦するも金丸にフォール負けを喫しましたな。

201214日、凱旋帰国してきたオカダ・カズチカをCHAOSに引き入れ、マネージャーに就任。以降、スポークスマンとしてオカダのサポートに徹していき「金の雨が降るぞ!!」巻き舌で「レベル(レヴェル)が違うんだよ(ちげぇえんだよ)!!」といったマイクパフォーマンスが定着。また、オカダのニックネームであるレインメーカーに肖って、レインテーカーと称されるようになりましたな。

2013年6月22日、DOMINION6.22の全試合終了後、BULLET CLUBのプリンス・デヴィットがリング上に現われ、オカダの保持するIWGPヘビー級王座に挑戦を表明。これに対しオカダは、デヴィットが保持するIWGPジュニアヘビー級王座に外道を挑戦させると交換条件を提案。結果、約11年ぶりに同王座への挑戦が決定。7月5日、後楽園ホール大会のメインイベントでデヴィットと対戦。ブラディサンデーでピンフォール負けを喫し、王座奪取には至らなかったものの、外道コールを巻き起こす好勝負を展開しています。

2018年10月8日、オカダ・カズチカを見限り邪道とジェイ・ホワイトとともにBULLET CLUBに加入。オカダと敵対関係になっていますな。

アスカの試合を日本から見る方法は??これまでの経歴も紹介!

(スカパーのお申し込みはこちらから)

 外道のファイトスタイル

ソース画像を表示

外道のファイトスタイルは正統派のヒールです。多彩といわれる技と受け身を駆使してテクニックと経験で客を盛り上げるエンターテイナーですね!

現在のフィニッシャーはスーパーフライ。いわゆるフロッグ・スプラッシュでダイビングボディ・プレスですな。

さらにキャメルクラッチの体勢で相手の上体を反らしつつ、首を下に押し込むようにして相手の体を前方半回転させ前方に重心を移動、エビに固める外道クラッチ。蝶野正洋にも伝授したコンプリート・ショット、トラース・キックがフィニッシュまでの繋ぎですね。

他にもアトミック・ドロップとは逆方向、すなわち向かい合った状態で相手に対してダブル・レッグ・ダイブで抱え上げる。そして、右足を突き出す形で片膝立ちになり、腿に相手の股間を叩きつけるマンハッタン・ドロップ、とでも飛距離のあるダイビング・ヘッドバット、ラリアット等を受ける際、全身をきりもみ式に回転させて受け身を取るテクニック木の葉受けも有名ですね。

オカダカズチカの試合を生放送で見る方法は?これまでの経歴も紹介!

(スカパーのお申し込みはこちらから)

外道の試合の見所とまとめ

ソース画像を表示

いかがでしたでしょうか。日本のリングでオカダカズチカ、内藤哲也、棚橋弘至と並び、日本のプロレスラーとして圧倒的な知名度を誇る外道。今では多くのファイトで人気を博しており、団体に欠かせない存在となってますね!

そんな彼の試合をテレビの大画面で見るにはスカパーのサムライTVとの契約が必要ですが、彼の試合にはその料金以上の価値があるエキサイティングなものが多いですよね!

これを機に彼の試合と他のスポーツも合わせて見てみてはいかがでしょうか。

(スカパーのお申し込みはこちらから)

棚橋弘至の試合をテレビで生中継で見る方法は?これまでの経歴も紹介!

 

おすすめの記事