2017年より新日本プロレスのリングで鈴木軍の中心メンバーとして活躍している金丸義信。その軽快な動きで相手を幻惑し、新参者でありながら大いに目立っているベテランです。

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新日本プロレスに入る前には全日本プロレスで活躍しており、多くのレスラーからそのスキルの高さを称賛されていますね。

現在のフィニッシャーはタッチアウト。現在の金丸のフィニッシュ・ホールドで垂直落下式による旋回式ブレーンバスター。相手を持ち上げた後、その場で180-360度旋回してから投げる。垂直落下式で投げる方式ですね。

他にも垂直落下式ブレーンバスターやディープインパクト、飛びつき挟み込みヘッドシザースホイップのアストロシザース、飛びつき式スイングDDT、コーナーから尻餅をつく要領で腰を落としながら開脚、両サイドのトップロープに自分の両腿をぶつけ、その反動を利用して高速・低空で飛ぶハリウッド・スター・プレスを得意としています。

さらにボディスラムの要領で持ち上げ、首を固定した状態で相手を着地させ、そのままリバースDDTで落とすブリティッシュ・フォール、ドラゴンスクリュー、ウイスキーを口に含んでミスト攻撃するなどの反則話zもありますね!!

プロレスが大好きな方もあまりプロレスを知らないけどこれから見たい人も多くのタイトル戦にこれから絡むであろう彼の試合は必ず見たいはず…そう考えて彼の簡単な経歴をまとめました!

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金丸の戦歴

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金丸の経歴

金丸は1976年生まれです。山梨県の甲府市出身で、山梨学院大学附属高校時代は野球部に所属し、1994年春の選抜高校野球に控え投手として出場経験を持っています。

ジャンボ鶴田後援会関係者の口添えでジャイアント馬場と面談し、高校卒業と同時に全日本プロレスに入門する。しかしなかなか体重が増えず、一時はレフェリー転向も検討されたが、馬場の「体が小さい者にしかできない動きを研究せよ」という教えを励みに初志を貫き、1年半の練習生期間を経て1996年7月6日、浅子覚&志賀賢太郎組戦でデビューした(金丸のパートナーは同じ山梨県出身の井上雅央であった。)。
デビュー当初は空中殺法を中心とした軽快な動きが特徴で、1997年10月12日に行なわれた「格闘技の祭典SPECIAL」では三沢光晴の代理として2代目タイガーマスクに扮し出場し、3代目タイガーマスク(金本浩二)とタッグを組み初代タイガーマスク(佐山聡)・4代目タイガーマスクと対戦した。
小橋健太の最初の付き人を務め、1998年9月に小橋が率いるバーニング入りを果たす。また、当時全日本マットに参戦していた邪道・外道とタッグを組み(この際、出身地の山梨県にちなんだ「甲州街道」と命名されるが実際には使用されず。)、彼らの狡猾な動きを身につけることにより空中殺法一辺倒だったファイトスタイルに変化が生じることになった。2000年5月、(第1次)バーニング解散と同時に付き人を卒業し、秋山準率いる軍団に入った(後のスターネス)。

プロレスリングノア入団

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プロレスリング・ノア時代。
2000年6月、三沢らの全日本プロレス大量離脱に追従し、三沢が旗揚げしたプロレスリング・ノアに移籍する。旗揚げ興行前の7月28日には井上と組んで邪道&外道を破り、第7代WEWタッグ王者となった。
2001年6月24日、初代GHCジュニアヘビー級トーナメント決勝戦でフベントゥ・ゲレーラを破り初代王者となった。その後2002年、2004年に同王座を獲得している。
2002年8月29日には菊地毅と組んで獣神サンダー・ライガー&田中稔組を破り、IWGPジュニアタッグ王座を獲得した。
2005年6月5日には杉浦貴と組んでGHCジュニアヘビー級タッグ選手権に臨み、丸藤正道&KENTA組を破って第2代王者となった。この時、金丸は第9代GHCジュニアヘビー級王者でありノア史上初のジュニア2冠の同時保持を成し遂げた(相方の杉浦も後に同時保持を成し遂げた)。だが、同年7月18日の東京ドーム大会のジュニアヘビー級選手権試合でKENTAに敗れ、王座から陥落した。
2006年は泉田純至に代わって選手会長を務めた。
2007年前半は年始早々からジュニアタッグ王座から陥落し、目立った活躍はなかったもののその間ジュニアのシングル挑戦に照準を絞り肉体改造を行い減量に成功する。同年10月27日の日本武道館大会で第13代王者のムシキング・テリーを破り4度目の王座を獲得し、再びジュニア戦線に躍り出た。
2009年KENTAの負傷離脱を受けて開催されたGHCジュニアヘビー級王者決定トーナメント(JCBホール)に優勝し、第19代チャンピオンに輝いた。
2010年3月と4月に防衛戦を行うが、危なげない試合内容で防衛を果たす。しかしKENTA、鈴木鼓太郎が負傷離脱中であり、丸藤もIWGP戦に集中しているためGHCジュニアヘビー戦線を盛り上げることができずにいた。KENTAに「ベルトを持っているだけのチャンピオン」と酷評されるが、9月26日にそのKENTAをタッチアウトで葬り6度目の防衛に成功する。10月には平柳玄藩と組んで第4回日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦に出場。
2012年12月、年内をもってプロレスリング・ノア退団が会社より発表され、12月24日有明大会を最後にノアを退団した。

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全日本、新日本プロレス加入

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2013年1月に行われた決起集会で小橋からバーニングを託された秋山をリーダーに、潮崎豪、鼓太郎、青木篤志で再結成した。
1月26日、全日本プロレス「2013新春シャイニング・シリーズ」の最終戦に5人で来場し、参戦を発表する。
2月23日、全日本後楽園大会のメインイベントで近藤修司を破り、第35代世界ジュニアヘビー級王者となった。
7月5日、全日本に正式入団(再入団)。
2014年1月26日、全日本神戸大会で秋山と組んで鼓太郎&青木組を破り、第93代アジアタッグ王者となった。
2015年11月20日、同年12月15日のファン感謝デーを最後に全日本を退団することが発表。

12月22日、フリー転向後初の試合として大仁田厚の超戦闘プロレスFMWに初参戦、FMW設立27周年記念試合・原点回帰年内最終戦ウルティモ・ドラゴンをタッグパートナーとして那須晃太郎&川村亮と対戦し那須にタッチアウトを決めて勝利した。
2016年1月9日、プロレスリング・ノアに再参戦し全日本を退団して再びノアに参戦している潮崎とタッグを組んだ。
ところが1月31日、プロレスリング・ノア横浜文化体育館大会にて潮崎と鈴木の一騎討ちで試合中盤に潮崎が鈴木にラリアットを決めようとした際に金丸が潮崎の足を掴み動きを止めて鈴木に加勢した後、さらにリングに上がり潮崎に裏切りのディープインパクトを決め鈴木の勝利に貢献し、その後鈴木軍に加入した。
2月24日、石森太二に勝利し史上最多となる7度目のGHC ジュニアヘビー級王座を獲得、その後、4度の防衛に成功し通算防衛記録を28回とした。
7月から8月にかけて行われた新日本プロレスのスーパーJカップに出場し、決勝戦まで勝ち進んだ。決勝で新日本プロレスのKUSHIDAに敗れはしたものの、準優勝となった。
9月23日、小峠篤司に敗れて王座から陥落し、10月23日の小峠とのリターンマッチにも敗北した。
鈴木軍のノア撤退後はそのまま鈴木軍に追随する形で、2017年1月27日からは新日本プロレスに参戦している

2017年より新日本プロレスを主戦場に移す。(以下2020年2月9日までの記事は新日本プロレスのプロフィールより引用)
3月6日大田区総合体育館大会でタイチをパートナーにロッキー・ロメロ&バレッタのIWGPジュニアタッグ王座に挑み勝利。第50代王者となる。
4月9日両国国技館大会で邪道&外道にIWGPジュニアタッグ王座防衛戦を行い初防衛を果たす。
4月27日広島グリーンアリーナ 小アリーナ大会にてロッキー・ロメロ&バレッタにリベンジマッチを挑まれ防衛ならず。
5月17日後楽園ホール大会で開幕したBEST OF THE SUPER Jr.24にエントリー。4勝3敗8点でリーグ1位になるも直接対決の関係で決勝進出ならず。
9月16日広島サンプラザホール大会でリコシェ&田口隆祐のIWGPジュニアタッグ王座に挑むも戴冠ならず。
10月23日後楽園ホール大会で開幕したSuper Jr. Tag Tournament 2017にエル・デスペラードをパートナーにエントリー。準決勝まで進むも敗退。

2018年3月6日大田区総合体育館大会にてエル・デスペラードをパートナーにYOH&SHO、BUSHI&高橋ヒロムとIWGP ジュニアタッグ選手権3WAYマッチを行い勝利、第57代王者となる。
4月1日両国国技館大会でYOH&SHO、BUSHI&高橋ヒロム、4月23日後楽園ホール大会でBUSHI&高橋ヒロム、6月9日大阪城ホール大会でSHO&YOH、10月8日両国国技館大会で獣神サンダー・ライガー&タイガーマスクを破り4回防衛を果たす。
5月18日後楽園ホール大会で開幕したBEST OF THE SUPER Jr.25にエントリー。3勝4敗6点の成績を残す。
10月16日後楽園ホールで開幕したSUPER Jr. TAG LEAGUE 2018にエル・デスペラードをパートナーにエントリー。5勝2敗10点で決勝に進み、準優勝の好成績を残した。

2019年1月4日東京ドーム大会にてYOH&SHO、BUSHI&鷹木信悟とIWGPジュニアタッグ選手権3WAYマッチを行うが敗れる。
2月3日北海きたえーる大会でBUSHI&鷹木信悟にリベンジマッチを挑むもリベンジならず。
5月13日仙台サンプラザホール大会で開幕したBEST OF THE SUPER Jr.26にエントリー。3勝6敗6点の成績を残す。
10月16日後楽園ホールで開幕したSUPER Jr. TAG LEAGUE 2018にエル・デスペラードをパートナーにエントリー。5勝2敗10点で準優勝という好成績を残した。

2020年2月9日大阪城ホール大会でエル・デスペラードをパートナーにYOH&SHOのIWGPジュニアタッグ王座に挑むも戴冠ならず。
6月16日から開幕したNEW JAPAN CUP 2020に出場。1回戦はヤングライオン・上村優也をディープインパクトに沈める[4]も、6月24日に行われた2回戦で石森太二にブラディークロスを決められ2回戦敗退[5]。
7月31日付けで正式に返上されたNEVER無差別級6人タッグ選手権の新王者組を決定する「第21代NEVER無差別級6人タッグ王座決定トーナメント」が8月6日~8月9日の後楽園ホール4連戦で開催され、ザック・セイバー・ジュニアとタイチをパートナーに出場したが、8月7日に行われた1回戦で抗争中のマスター・ワト&棚橋・飯伏組に敗れた[6]。
9月3日から開幕された「NEW JAPAN ROAD」にて、YOHの負傷欠場により返上されたIWGPジュニアタッグ王座をかけIWGPジュニアタッグ王座決定リーグ戦(4チームによる)が行われエル・デスペラード&金丸義信組がリーグ戦を1位で通過。9月11日に行われたジュニアタッグ王座決定戦でリーグ戦2位の高橋ヒロム&BUSHI組と対戦。最後はデスペラードがピンチェ・ロコを決め勝利し第62代IWGPジュニアタッグ王者となる[7]

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 金丸のファイトスタイル

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金丸のファイトスタイルはその軽快な動きをふんだんに生かしたスタイルです。相手と真正面から向き合ってくるのではなく、カウンターや小回りの利く動きを生かしてきますね。

現在のフィニッシャーはタッチアウト。現在の金丸のフィニッシュ・ホールドで垂直落下式による旋回式ブレーンバスター。相手を持ち上げた後、その場で180-360度旋回してから投げる。垂直落下式で投げる方式ですね。

他にも垂直落下式ブレーンバスターやディープインパクト、飛びつき挟み込みヘッドシザースホイップのアストロシザース、飛びつき式スイングDDT、コーナーから尻餅をつく要領で腰を落としながら開脚、両サイドのトップロープに自分の両腿をぶつけ、その反動を利用して高速・低空で飛ぶハリウッド・スター・プレスを得意としています。

さらにボディスラムの要領で持ち上げ、首を固定した状態で相手を着地させ、そのままリバースDDTで落とすブリティッシュ・フォール、ドラゴンスクリュー、ウイスキーを口に含んでミスト攻撃するなどの反則話zもありますね!!

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金丸の試合の見所とまとめ

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いかがでしたでしょうか。日本のリングでケニー・オメガ、AJ・スタイルズ、プリンス・デビッドと並び、日本の外人プロレスラーとして圧倒的な知名度を誇る金丸。鈴木軍の一員として、新日本プロレスの誇るヒールとして活躍が今後も期待されます!!

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