2020年よりWWEに参戦してその圧倒的なパワーの高さと優れたスキルで活躍しているMVP世界で最も有名なプロレスラーの一人ですね!

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これまでWWEUS王座、タッグ王座を獲得している超強豪です。新日本プロレスでも活躍してましたね。

個人としてのフィニッシュホールドはドライブ・バイ・キック。コーナーにたてかけた相手に対し、反対側のコーナーから全速力で走りこみ、ケンカキックを顔面に串刺し式に打ち込む技ですね。

他にも投げぱなしジャーマン、ローリング式、ジャーマンスープレックスホールドの3種類のジャーマンスープレックス、ロープに振られて帰って来た時に、ショルダースルーをしようと待ち構えている前屈状態の相手の顔面に膝を密着させ、小さくジャンプし膝に顔面を叩きつけて相手にダメージを与えるフェイスバスター・ニー・スマッシュ、仰向けに倒れた相手に対し、ロープにいったん走ってから相手を挑発するようにして近づき、バスケットボールのシュートの仕草をしながら決め台詞の「Ballin'(キメるぜ)!」を観客と合唱しエルボー・ドロップを放つボーリン・エルボーを使用します。

最も有名なレスラーの一人として高い人気を誇るMVP。日本でも高い人気を誇る彼のこれまでの来歴をまとめてみました!

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MVPについて

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MVPの経歴

MVPは1973年生まれ。アメリカ合衆国プロレスラーフロリダ州マイアミ出身のアフリカ系アメリカ人で身長191センチ、体重は114キロとされてますね。

プロレスデビュー前は不良であり、15歳の時に武装強盗少年院6ヶ月半送致された。その後も再び武装強盗と誘拐の容疑で16歳ながら大人として刑罰を受け96か月の間刑務所に服役していた。服役期間は96か月だが、服役中の態度によっては刑期が最長18年となる重い判決であった(以前、この関係で日本をはじめ、一部の国で入国が難しいと自身で語っていた)。出所後の2002年にプロレスデビュー。アントニオ・バンクスのリングネームでCCWXWAなどの団体でヘビー級王座を勝ち取った。また、TNAPPVなどでも試合をした。

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初期WWE時代

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2005年WWEとディベロップメント契約を交わし、DSWでトレーニングを行う。『モンテル・ボンタビアス・ポーター』というキャラクターには、『横柄で、自分のことが頭から離れないアスリート』という設定が組み込まれた。

2006年8月4日、SmackDown!に初登場。登場初期は女性とボディーガードによって囲まれて会場に現れていた。この間も、番組GMのセオドア・ロングと契約交渉を交わしていたが、他人に携帯電話などで自分が持っている宝石類の自慢話を始めると、実況のマイケル・コールや解説のJBLからは「横柄な奴」と形容されていた。

同年9月27日、WWEの公式サイト上にWWEとの契約書が掲載され、No Mercy 2006でWWEデビュー、マーティー・ガーナーを相手に勝利したが、このガーナーがWWEとは契約していない地元団体の選手で細面だったこともあり、解説のJBLには「契約金が番組史上最大のくせに、こんな試合をするとは失望した」と言われていた(なお、契約金が番組史上最大というのはギミックである)。

入場シーンは、まるでNFLに登場するような膨張式のトンネルから登場後、両手を広げてパイロを出すというものだった。

MVPは「自分の勇気を証明するため」に、「より手強い相手」と対戦させるようリングで発言した。すると、対戦相手として出てきたのはRAWから移籍したばかりのケインだった。これを境に2人は、Mr.ケネディジ・アンダーテイカーを巻き込みながら抗争を展開する。ストリート・ファイト戦金網戦では勝利を収めたが、Armageddon 2006で行われたインフェルノ戦では摂氏260度の炎で背中を焼かれて大火傷を負う(大火傷というのはアングルである)。

2007年4月1日WrestleMania 23では、クリス・ベノワとのUS王座戦を行うことが決定。自身初の王座挑戦であったが敗北。しかし5月のジャッジメント・デイにて再びクリス・ベノワに王座挑戦しUS王座を奪った。その後マット・ハーディーとの抗争に入るも、「心臓の病気」(部分的には事実)を口実に、スキットに参加するのみで激しい試合などは行っていない。9月にはGM室で「次に入ってきた奴とタッグを組んでタッグ王座戦に出てやる」と宣言したところ犬猿の仲のマット・ハーディーが入室してくるというストーリーで、嫌々ながら組んだ即席タッグでお互い険悪なムードが漂うも、WWEタッグ王座戦に勝利した。タッグ王座から転落するとすぐにマットを攻撃、裏切りを見せたが、MVPの保有するUS王座を巡ってマットと抗争が始まることが決まった直後、マットが盲腸炎の手術のために長期離脱する。そのため抗争がストップし対戦相手がいない状態が続いていた。

2008年1月にはレイ・ミステリオを相手に短期間の抗争を開始。US王座を懸けての対戦で勝利を収め防衛を果たした。

2月には、四大特番の一つロイヤルランブルに出場。同リーグに所属する大御所リック・フレアーと、フレアーは敗れれば即引退という「キャリア・スレットニング・マッチ」でノンタイトルで勝負。最後はフレアーの得意技足4の字固めでタップアウト負けを喫した。

3月にはレッスルマニア24のメイン戦の一つである世界ヘビー級王座戦出場を懸けたスマックダウンエリミネーション・チェンバー・マッチへ出場するも、一番目に脱落した。

4月にはレッスルマニア24でのマネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチへ初出場するが、勝利目前のところで乱入したマット・ハーディーに邪魔をされてMr.マネーの権利を逃す。それをきっかけにマットと更に抗争、同月のバックラッシュでマットと対戦するが敗北しUS王座を奪われる。

その後は、RAWからスマックダウンにドラフト移籍してきたマットの実弟ジェフ・ハーディーとの抗争を開始する。ハーディーの出場した試合の最後に必ず乱入してはドライブバイキックでジェフを気絶させ、観客の顰蹙を買った。サマースラムではそのハーディーと対戦、ドライブバイキックで勝利を収めた。

2008年中盤から終盤は連戦連敗となり、ついには契約金を返上させられることになる。その間、ハリケーン・ヘルムズの復帰戦や新人選手のデビュー戦でも勝ち星を献上し、更にはカン・フー・ナキにまで敗れてしまう。この連敗は2009年に入っても続いたが、トリプルHのロイヤルランブル出場を賭けたビッグショーとのラストマン・スタンディング・マッチでそのトリプルHの介入もあって勝利を挙げ、ついに連敗を脱出した。その後はベビーターンし、順調に白星を挙げ再度レッスルマニア25でのマネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチへの出場が決定した。3月17日のスマックダウンではシェルトン・ベンジャミンを下し二度目のUS王座を獲得、二年連続で同王座を保持しての出場決定となった。その後のドラフトでRAWへ移籍が決まり、移籍後幾度か王座を防衛していたが6月1日のRAWでコフィ・キングストンに敗れ王座を失う。その後はUS王座奪還を狙いながらも、トレードで移籍してきたジャック・スワガーと抗争し、サマースラムでの勝利で抗争に決着を付ける。翌日のRAWからはマーク・ヘンリーとタッグを結成し、クリス・ジェリコビッグ・ショー統一タッグ王座に狙いを定め、ブレーキング・ポイントで挑戦するも敗れてしまった。その後は特に抗争相手もおらずときどきヘンリーとタッグを組み活動していた。そして2010年4月の追加ドラフトによりSmackDown!へと移籍。NXTシーズン2ではパーシー・ワトソンを指導するプロとして登場している。

2010年12月2日、WWEとの契約解除が成立し退団となった。

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新日本プロレス時代,WWE復帰

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2011年2月20日、新日本プロレスThe New BeginningにリングネームMVPとして初参戦。5月、新日本初のアメリカ大会を記念して新設された「IWGPインターコンチネンタル王座」の初代王者決定戦トーナメントに優勝して初代IWGPインターコンチネンタル王者となった。翌6月18日、大阪府立体育会館で開催されたDOMINION6.18で、決勝戦で対戦した矢野通を相手に初防衛に成功するも試合終了後、矢野に6年間生やし続けていた髪の毛を切られるという屈辱を受けた。

7月18日、三度矢野と対決を行い勝利、試合後に切り落とされた自身の髪を矢野の口の中に押し込み、リベンジを果たした。

8月、G1 CLIMAXに初出場。中邑真輔後藤洋央紀に勝利する快挙を遂げるも最終戦のカール・アンダーソンに敗れ、予選落ちした。一方で6勝3敗(勝ち点12点)という好成績をマークしている。

10月10日、DESTRUCTION'11田中将斗を相手にインターコンチネンタル王座の防衛戦に臨んだが、スライディングDでピンフォール負けを喫し、同王座から陥落した。12月4日愛知大会、リマッチとして再び田中と相見えるも試合終盤にセコンドの外道高橋裕二郎の介入でペースを乱され田中のスライディングDで轟沈、試合後も田中と裕二郎のリンチに遭った。

2012年1月4日、レッスルキングダムVIシェルトン・ベンジャミンをパートナーに田中 & 裕二郎組と対戦、試合は自身が高橋をイリバーシブルクライシスで極めギブアップ勝ちを収めた。その後、同年のG1 CLIMAXにも出場するもタイトルマッチに挑戦することはないまま、2013年1月4日、レッスルキングダムに出場後、新日本との契約を解除した。

2014年1月30日、TNAを支援する投資家というギミックにて登場、リングネームをMVP名義にしている。

7月18日、TNAとルチャ・アンダーグラウンド(以下LU)間でのLU所属のショーン・ヘルナンデスをLUとの契約期間中に、TNAとも契約して試合に出場したことから問題となった。TNA側はMVPの誘いでエルナンデスと契約して、LUとの契約期間中とは知らなかった。この問題の責任を取る形でMVPはTNAを退団した。(事実上の解雇に近い)

2016年4月、ルチャ・アンダーグラウンドと契約。

だが、同月に非公開となっているLUでのキャラクターの年齢をポッドキャストで喋ってしまい、指示を受け削除するも同日解雇となった。MVPのLUとの契約はエージェントとしての契約も含まれてたという。

2020年よりWWEに復帰。

1月22日に行われたロイヤル・ランブル2020にサプライズ出場。

5月11日放送のRAWでボビー・ラシュリーとユニット「ザ・ハート・ビジネス」(The Hurt Business)を結成し、後にシェルトン・ベンジャミンセドリック・アレキサンダーをメンバーに加え活動[1]

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MVPのファイトスタイル

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MVPのファイトスタイルはその優れたスキルとパワーを生かしたファイトで、投げ技と打撃技を中心としたプロレスらしいプロレスをするタイプのプロレスラーですね!!

個人としてのフィニッシュホールドはドライブ・バイ・キック。コーナーにたてかけた相手に対し、反対側のコーナーから全速力で走りこみ、ケンカキックを顔面に串刺し式に打ち込む技ですね。

他にも投げぱなしジャーマン、ローリング式、ジャーマンスープレックスホールドの3種類のジャーマンスープレックス、ロープに振られて帰って来た時に、ショルダースルーをしようと待ち構えている前屈状態の相手の顔面に膝を密着させ、小さくジャンプし膝に顔面を叩きつけて相手にダメージを与えるフェイスバスター・ニー・スマッシュ、仰向けに倒れた相手に対し、ロープにいったん走ってから相手を挑発するようにして近づき、バスケットボールのシュートの仕草をしながら決め台詞の「Ballin'(キメるぜ)!」を観客と合唱しエルボー・ドロップを放つボーリン・エルボーを使用します。

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ニュー・デイのパワー男!ビッグ・E!

MVPの試合の見所とまとめ

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いかがでしたでしょうか。WWEのリングでそのスキルと高いパフォーマンス力を生かした正義感溢れるファイトで観客を魅了しているMVP。世界を代表するプロレスラー高い存在感を放っていますね!!

WWEにはプリンス・デビッド、AJスタイルズの活躍やかつて新日本で活躍してきた中邑真輔やKUSHIDAのWWE参戦も発表されましたし、新日本出身のレスラーとの激突が日本のファンから大きな期待を受けているのは間違いありません。

そんな彼の現在の試合をテレビの大画面で見るにはスカパーのJ SPORTSとの契約が必要ですが、彼の試合にはその料金以上の価値があるエキサイティングなものが多いですよね!

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