新日本プロレスのヒールとして知られておりベテランの石森太二。バレットクラブとして存在感を放っています。

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彼のは多くの団体を経ていますね。

現在のフィニッシャーはブラディークロスハーフハッチの体勢で持ち上げ、自らの片ヒザを相手の顔面付近に押しつけながら落下していく飛びつき式変型フェースバスターですね。

さらにリバース・ブレーンバスターの体勢で相手を垂直気味に持ち上げで自らの片ヒザを立てて、落下していく相手の首から背中に飛びつき式変型バックブリーカーリバース・ブラディークロスうつぶせの相手をサイドから片羽締めの体勢で、片腕を巻き込んで締め上げる変型Yes LockBone Lockなどを使用しますね。

プロレスが大好きな方もあまりプロレスを知らないけどこれから見たい人も人気抜群の彼の試合は必ず見たいはず…そう考えて彼の簡単な経歴をまとめました!

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石森の戦歴

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石森の経歴

石森は宮城県多賀城市出身。

小学生時代は内向的で休み時間もお絵かきをしていたが、生で見たプロレスの試合に魅了され中学では柔道部に入部、プロレスラーの道を目指すようになる。[2]

2002年に闘龍門に応募し、9期生となる。石森は元々メキシコに行きたいという願望があり、その手段としてウルティモ・ドラゴンジムに入ろうとした。そこでまず神戸の闘龍門に入って練習を積んでからメキシコに渡ろうと計画していたが資金がなく行けなかった。しかし当時の闘龍門校長(ウルティモ・ドラゴン)が石森を特待生として迎え、渡航費は石森が出して学費を免除される形でメキシコへと渡れることとなった。[3]

2002年5月11日、メキシコ・アレナ・コリセオでの対橋本史之戦でデビュー。8分47秒、エビ固めで敗れる[4]闘龍門でデビューした時にウルティモ・ドラゴンが許可しなかった為、マスクマンにはなれなかった。[3]

メキシコでの活動後、2003年1月19日、東京ドームで開催されたファンタジーファイトWRESTLE-1 IIへの出場(第2試合 ミラノコレクションA.T.、YOSSINO、コンドッティ修司(現:近藤修司) vs アンソニー・W・森、ヘンリーIII世菅原、石森太ニ戦)で日本デビュー、コンドッティ修司から高速ウラカン・ラナで3カウントを奪い関係者から前評判通りの高い評価を得た。[5]

2003年8月22日、闘龍門Xとして「TORYUMON-X~日本逆上陸第1戦」でDRAGON GATEのリングに登場。[6]闘龍門X時代は佐藤秀(現:バラモン・シュウ)、佐藤恵(現:バラモン・ケイ)と共に「セーラー・ボーイズ」というユニットで活動していた。5月11日メキシコで行われたUWA世界ウェルター級王座決定戦でスペル・クレイジーを破り、第33代王者となる。デビューしてちょうど1年で初戴冠した。[7]

2004年7月に闘龍門卒業生の"受け皿"となっていたDRAGON GATEがウルティモドラゴンと事実上の分裂(闘龍門JAPANが闘龍門から独立)をしてしまい、メキシコに残された石森ら闘龍門Xのメンバーは日本での活動の場を失う。[8]闘龍門Xは9月9日に最終興行を行い「セーラー・ボーイズ」として「キープ・オン・ジャーニー」を熱唱。[9]その後は2004年12月と2005年1月の2回、みちのくプロレスにスポット参戦。[10][11]、2005年の春までウルティモ・ドラゴンのブッキングで新日本プロレスのリングに上る。

2005年4月27日、川畑憲昭を代表としてDRAGON GATEを解雇されたヒールユニット「悪冠一色」が合流して設立されたドラゴンドアへ合流。同団体のエース候補となった。2005年7月からは全日本プロレスへスポット参戦。

2006年2月23日、ドラゴンドアを引き継ぐ形で設立されたプロレスリング・エルドラドに合流。4月23日プロレスリング・ノア日本武道館大会では、ノア初参戦にしてKENTAの持つGHCジュニアヘビー級王座に挑戦して王座獲得はならなかった。エースとして期待されていたが5月17日のElDorado渋谷club asia大会を最後に退団を発表。ノアへのレギュラー参戦を目指すべくフリーとして活動することを宣言[12]

518日よりフリーランスとなり、以後はノアヘフリーとしてレギュラー参戦することになった。当初はノアへはスポット参戦であったが、ノア以外の試合数も少なければ練習する場所もない状態で、ここでやっていくしかないと覚悟を決め地方大会にも参加、20067月シリーズより全戦参加した。[3] ノア道場で練習しており、セコンドに付くなどノアの若手ブランド大会であるプロレスリング・セムにも参加し長らく準所属状態になっていたが、20081月から正式にノア所属選手となった。[13]

2007年初夏頃からKENTAとタッグを組むようになり、KENTAがジュニアヘビー級戦線の活発化のために提唱し実現したノア初のジュニアタッグリーグ戦(日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦)に参戦。ジュニアヘビー級タッグ王者の鼓太郎&リッキー・マルビンの他、ROHの強豪タッグチーム:ブリスコ・ブラザーズや、丸藤DDTプロレスリング飯伏幸太と組んで参戦したことにより大成功を収めた上、王者チームを差し置いて最終戦で丸藤・飯伏組を破り優勝をも果たした。[14]8月31日にはジュニアタッグリーグ優勝の勢いを駆ってGHCジュニアヘビー級タッグ王座(王者:リッキー・マルビン、鈴木鼓太郎)に挑戦するも敗北。[14]

2008年3月20日、DRAGON GATE大田区体育館大会にて鷹木信悟&B×Bハルク組からGHCジュニアヘビー級タッグ王座を奪取(パートナーはKENTA)。第9代王者チームとなった。[15]8月23日から開催された第二回日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦で優勝(パートナーはKENTA

2009年3月、TBS番組「SASUKE」に出場するも1stステージのジャンピングスパイダーでリタイアとなった。[16]

2009年6月、KENTAと訣別しヒールターン、6月4日から新たに金丸義信とタッグを結成する。[14] コスチュームも黄色から赤に変更し、ワイルドな風貌へイメージチェンジを図ったが結局は再びKENTAとタッグを組むことになり、元の鞘に収まった(三沢光晴の事故死によるカード再編成のため)。[14]また、レスラー活動と並行してボディビルダー山本義徳の師事の元、ボディビルの大会出場を目指し肉体のビルドアップに励む。7月26日、横田基地で行なわれた「セントラル・ジャパン・ボディビルディング・チャンピオンシップス」大会でボディビル初出場を果たし、ライト級で準優勝という結果を残した。[17]試合を観戦したボディビルダーは、出場した選手の中で一番目立っており優勝すると思った。との評を石森の大会での雄姿と共に残している[18]。失恋がきっかけでボディビルを始めたが、ボディビルにチャレンジして何か変わりましたか?の質問にはボディビルを初めてから男性ファンは増えたが、女性にはあまりウケが良くなかったと答えている。[19]

2010218日、GHCジュニアヘビー級タッグ王座決定トーナメントにリッキー・マルビンとタッグを結成し参加。決勝戦で金丸義信&平柳玄藩組に勝利し、第11GHCジュニアヘビー級タッグ王者となる。[14]328日、金丸義信が持つGHCジュニアヘビー級王座に挑戦するも敗れる。[14]319日にメキシコ・シティでジョー・リーダー&ニチョ・エル・ミジョナリオ組が持つAAA世界タッグチーム王座森嶋猛と挑戦。石森がニチョ・エル・ミジョナリオに450°スプラッシュからのエビ固めで勝利。第5AAA世界タッグチーム王座を戴冠する。[14]410日、平柳玄藩&力皇猛組からAAA世界タッグチーム王座の挑戦を受けるが勝利。[14]523日、青木篤志潮崎豪組からAAA世界タッグチーム王座の挑戦を受けるも敗北し王座を陥落する。[14]6月に新日本プロレスで開催されたBEST OF THE SUPER Jr.に出場。準決勝戦(613)プリンス・デヴィットと対戦。新日本Jr.対ノアJr.という意味も持つ一戦だったが、石森が得意とするパターンを断ち切ったプリンス・デヴィットのブラディ・サンデーに敗れる。[20]626日、FUJITANOSAWA論外を相手にGHCジュニアヘビー級タッグ王座の防衛戦を行い勝利。[14]714日、健介オフィス宮原健斗中嶋勝彦GHCジュニアヘビー級タッグ王座の防衛戦を行い、石森が宮原に450°スプラッシュからのエビ固めで勝利。[14]822日、新日本プロレスのタイガーマスク金本浩二組に敗れ王座陥落。[14]

2011年4月、KENTA、金丸義信、平柳玄藩の3人が結成した反体制勢力「NO MARCY」に対抗する為に鈴木鼓太郎・青木篤志と結託して対抗ユニット「ANMU」を結成してNO MARCYと徹底交戦を繰り広げた。[21]

2011年7月、6人タッグマッチで「左足関節外側側副靭帯損傷」で欠場。ザック・セイバーJr.と出場予定の「第5回日テレG+杯争奪ジュニアヘビー級タッグ・リーグ戦」を辞退して石森の代わりにKAIENTAI DOJO滝澤大志が出場した。[22]

20121月、潮崎豪がANMUに加入するなど同ユニットの勢力が拡大する中、居場所を失ったことを理由にANMUを脱退、丸藤正道と杉浦貴の新ユニット「丸藤軍(BRAVE)」に同月29日付けで正式加入する。225日後楽園大会、中嶋勝彦が持つGHCジュニアヘビー級王座に石森が挑戦したが右ハイキックで敗れた。[14]729日の浜松大会で、小峠篤司が第6回日テレG+杯争奪ジュニアヘビー級タッグ・リーグ戦に向けて、タッグパートナーに石森太二を指名。石森がこれに応え、石森の要請により小峠のチーム加入。[23]9月ツアーで行われた第6回日テレG+杯争奪ジュニアヘビー級タッグ・リーグ戦には、新たにBRAVEに加わった小峠篤司と新チームを結成して出場。Aブロック1位で決勝戦へ進出。Bブロック1位のZERO1勢・日高郁人&橋本大地を倒して優勝。[14]試合後、ジュニアタッグへの挑戦を表明し、108BRAVE同士のジュニアタッグ頂上決戦が行われ、王者組が勝利。[14

2013年1月27日、大阪ボディーメーカーコロシアム大会で、全日本プロレス・近藤修司に流出していたGHCジュニアヘビー級王座に挑戦し、勝利。同王座を初奪取し第26代GHCジュニアヘビー級王者となる。[14]3月10日、小峠篤司をレヴォルシオンからのエビ固めで破り初防衛に成功。[14]3月31日、リッキー・マルビンをレヴォルシオンからのエビ固めで破り2度目の防衛に成功。[14]4月13日、平柳玄藩をレヴォルシオンからのエビ固めで破り3度目の防衛に成功。[14] 5月17日、みちのくプロレスの野橋太郎をレヴォルシオンからのエビ固めで破り4度目の防衛に成功。[14]7月7日、スペル・クレイジーをスプラッシュ2連発からの片エビ固めで破り5度目の防衛に成功。[14]7月ツアーで行われた第7回日テレG+杯争奪ジュニアヘビー級タッグ・リーグ戦に前年と引き続き小峠と出場。Aブロック1位で決勝戦へ進出。7月28日、Bブロック1位の新日本プロレス勢・獣神サンダー・ライガー&タイガーマスクと対戦。小峠がライガーの雪崩式垂直落下ブレーンバスターからの体固めでフォールを獲られ準優勝に終わる。[14]8月4日、ザック・セイバーJr.をレヴォルシオンからのエビ固めで破り6度目の防衛に成功。[14]9月22日、AAAのフェニックスを変型レヴォルシオンからのエビ固めで破り7度目の防衛に成功。[14]11月2日、原田大輔をレヴォルシオンからのエビ固めで破り8度目の防衛に成功。[14]12月7日、高岩竜一をレヴォルシオンからの片エビ固めで破り9度目の防衛に成功。[14]

2014年1月19日、フリーの大原はじめをレヴォルシオンからのエビ固めで破り10度目の防衛に成功。[14]3月8日、原田大輔の片山ジャーマンスープレックスホールドに敗れ王座を陥落する。[14]3月8日に原田大輔に敗れるまでの10度のGHCジュニアヘビー級王座防衛は過去最多防衛回数の記録となった。[24]

2014年3月21日にザック・セイバーJr. と小川良成が持つGHCジュニアヘビー級タッグ王座に小峠と挑戦。石森が小川を回転片エビ固めに決め勝利。第20代GHCジュニアヘビー級タッグ王者となる。[14]4月12日、ザック・セイバーJr. &小川良成組とリマッチを行うも敗北。王座から陥落。[14]7月5日、GHCジュニアヘビー級タッグ王座(王者:ザック・セイバーJr. &小川良成組)に挑戦し、勝利。第22代GHCジュニアヘビー級タッグ王者に返り咲く。[14]7~8月に行われた第8回日テレG+杯争奪ジュニア・ヘビー級タッグリーグ戦にGHCジュニアヘビー級タッグ王者組で出場。Bブロック最終戦(8月2日)で原田&ストーム組に敗れ優勝決定戦進出を逃した。[14]10月12日、大原はじめ&拳王組に敗れて王座を陥落する。[14]

2015年9月

2015年12月23日に鈴木軍タイチを450°スプラッシュからのエビ固めで破り第30代GHCジュニアヘビー級王者となる。[14]12月24日、丸藤副社長よりノアのユニットを解体する意向が発表されBRAVEも解体。[25]

2016年1月31日に拳王の挑戦を受けるが、450°スプラッシュからのエビ固めで初防衛に成功。[14]2月24日、金丸義信のタッチアウトからの片エビ固めに敗れ王座を陥落する。[14]7月16日から開催された第10回日テレG+杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦優勝(パートナーはACH[26]7月20日と8月21日の2日で開催された新日本プロレス主催のSUPER J-CUPに出場したが、1回戦(7月20日)で新日本プロレスのKUSHIDAに敗れた。[27]

2017年2月18日にHAYATAYO-HEYが持つGHCジュニアヘビー級タッグ王座にHi69と挑戦。HAYATAを450°スプラッシュからのエビ固めでおさえ第30代GHCジュニアヘビー級タッグ王座を戴冠する。[14]3月12日、原田大輔&タダスケ組を相手に初防衛に成功。[14]4月22日に大原はじめ&熊野準組戦で2度目の防衛に成功。[14]

2017年6月25日、HAYATAが持つGHCジュニアヘビー級王座に挑戦。450°スプラッシュからの片エビ固めで勝利。第35代GHCジュニアヘビー級王者となる。[14]7月開催の第11回グローバル・ジュニア・ヘビー級タッグリーグ戦に出場。7月27日の優勝決定戦でHAYATA&YO-HEI組に敗北。[14]8月6日、YO-HEYを相手に防衛戦を行い450°スプラッシュからのエビ固めで勝利。初防衛に成功する。[14]8月26日、HAYATA&YO-HEI組に敗れGHCジュニアヘビー級タッグ王座から陥落。[14]10月1日、原田大輔に敗れGHCジュニアヘビー級王座から陥落。[14]

2017年よりインパクト・レスリングに参戦。11月5日にタイソン・ダックスを制して、Xディヴィジョン王座を獲得した[28]

2018年1月27日にGHCジュニアヘビー級タッグ王者HAYATA&YO-HEI組にHi69と挑戦し勝利。第32代GHCジュニアヘビー級タッグ王者となる。[14]3月11日に小川良成&田中稔組の挑戦を受けるも敗れ王座から陥落。[14]

2018年3月12日にプロレスリング・ノアを退団し、フリーとなる[29]。また、Hi69と結成したタッグユニットXXも解散となった。

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新日本プロレス

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5月4日、新日本プロレスのレスリングどんたくにてタマ・トンガに「NEW BONE SOLDIER」としてリングに呼び込まれ登場し、BULLET CLUBのメンバーとなった[30]

8月12日、マーティ・スカルニック・ジャクソンマット・ジャクソンの3人組(BULLET CLUB)が保有していたNEVER無差別級6人タッグ王座にトンガとロアの3人(BULLET CLUB OG)で挑戦、合体攻撃によるチーム力を見せつけ、11分26秒にトンガがスカルをフォールして勝利(記録は体固め)、第18代王者となった。試合後、BULLET CLUB ORIGINALがチャンピオンベルトを放り投げる暴挙に出た[31]

9月15日、ジュース・ロビンソン&デビッド・フィンレー&田口隆祐組を相手に初防衛戦。頭にラグビー仕様のヘッドギアを装着した田口カントクの采配の元、タグチジャパンは王者組を追い詰める。だが、BULLET CLUB OGは相手チームをうまく分断すると、ロアがフィンレーをエイプシットで沈めて防衛に成功した。[32] 10.8両国の試合後に石森から新たなメンバーとして加入をアナウンスされたロビー・イーグルスをタッグパートナーに指名し、10月16日から開催されたSUPER Jr.TAGに参加。勝ち点6でリーグを終える[33][34]

2019年1月4日、東京ドーム大会でKUSHIDAが持つIWGPジュニアヘビー級王座に挑戦。ジュニアの実力者同士の一戦は、互いに一歩も引かぬ好勝負になるが最後は石森がブラディークロスを突き刺し、IWGPジュニアヘビー初戴冠を成し遂げた。[35]

1月5日、1.4ドームでのナンバーワン・コンテンダー・ガントレットマッチを制した真壁刀義&矢野通&田口隆祐組が挑戦。王者組のチームワークに対し、挑戦者組も“化学反応”で対抗。終盤、高橋裕二郎チェーズ・オーエンズがBULLET CLUBに加勢し、真壁に集中攻撃。最後はロアがエイプシットで真壁を葬り、防衛に成功。[36]

1月30日、NEVER無差別級6人タッグ王座に真壁刀義&矢野通&田口隆祐組が挑戦。試合終盤にはファレジェイが乱入するもオカダ・カズチカ棚橋弘至が排除。混戦模様の中、最後は田口がクロス式のアンクルホールドで石森がギブアップを奪われ王座陥落。[37]

2月11日、石森が持つIWGPジュニアヘビー級王座に田口隆祐が挑戦。前哨戦では石森の黒歴史とされる『キープオンジャーニー』の振り付けを披露し、精神面から揺さぶりをかけた田口監督だったが、迎えた王座戦では石森自身が『キープ~』の振りを繰り広げ、挑戦者と場内を驚かす。その後、両者は一進一退の攻防を繰り広げ、田口のどどんをしのいだ石森がブラディークロスで激勝。試合後、石森は次期挑戦者として獣神サンダー・ライガーを指名した。[38]

3月6日、IWGPジュニアヘビー級王座に獣神サンダー・ライガーが挑戦。前哨戦で石森を圧倒したように、ライガーは場外での垂直落下式ブレーンバスター、落差の大きなライガーボムなど厳しい攻めで王者を追い詰める。しかし、石森も粘り強さを発揮し、最後はYes Lockでライガーからタップアウトをスコア。ジュニアの世界的レジェンドから価値ある勝利を収め、二度目の防衛に成功。獣神サンダー・ライガーの最後のタイトル戦の対戦相手となった。試合後、ドラゴン・リーが次期挑戦者に名乗りを挙げた。[39]

4月7日、マディソン・スクエア・ガーデンでビッグマッチ『G1 SUPERCARD』(新日本プロレスとROHの共催)が行なわれ第5試合で王者の石森にドラゴン・リー、そしてバンディードが3WAYマッチで挑戦。三者は場内大興奮のハイレベルなつばぜり合いを展開。最後はリーが石森をニーで排除、バンディードをデスヌカドーラからの片エビ固めでフォールを奪い、石森は防衛に失敗。[40]

5月3日のメインでIWGPジュニアヘビー級王者のドラゴン・リーとリマッチ。(リーは4.6MSGでバンディードと共に石森のIWGPジュニアヘビーに挑戦。バンディードを下して同王座を初奪取するも、直接フォールを奪われていない石森が一騎打ちをアピールし、今回の防衛戦が実現)試合はスピーディー&スリリングな展開となり、両者は持ち味を存分に発揮。場内熱狂の大技の応酬の中、最後はリーのデスヌカドーラからの片エビ固めで敗れる。[41]

BEST OF THE SUPER Jr.26ではAブロックで出場。金丸義信のウィスキー攻撃からの丸め込みで不覚をとるも1敗をキープし、7勝でブロック2位をマーク。5月31日に「ジュニアを軽視してる」、「ジャイアン」などとシリーズ開始前から挑発・批判を繰り返していた鷹木信悟と決勝戦進出を賭けて戦ったが、最後はブラディー・クロスを切り抜けた鷹木のラスト・オブ・ザ・ドラゴンで撃沈。無敗の鷹木の連勝記録を止めることも決勝進出もならず、自身のTwitterで悔しさを滲ませた[42]

6月16日、メインでIWGPジュニアタッグ王座戦として、王者のROPPONGI 3K(SHO&YOH)に石森太二&エル・ファンタズモ組で挑戦。タッグではRPG 3Kに一日の長があるものの、BULLETコンビもインサイドワークを駆使して王者組みを崩しにかかる。終盤、BULLETコンビはダーティーファイトを解禁。ファンタズモがYOHに急所攻撃を見舞うと、石森がサイファーウタキ。そして最後はファンタズモがCRⅡでYOHを沈め、新チャンピオンとなる。[43]

9月16日、第8試合でザ・バーズ・オブ・プレイ(ウィル・オスプレイ&ロビー・イーグルス)と防衛戦。8.31イギリスでノンタイトル戦ながら石森&ファンタズモ組を下しているザ・バーズ・オブ・プレイは、高度な連携技、華麗なハイフライムーブでBULLET攻略を図るが、王者組も巧みなインサイドワークで応戦し、最後は孤立したイーグルスを、石森のブラディークロスからファンタズモのCRⅡで撃沈。王座初防衛に成功した。[44]

10月16日から開催されたSUPER Jr. TAG LEAGUE 2019にエル・ファンタズモをパートナーとして参戦。石森太二&エル・ファンタズモ組、RPG 3K、エル・デスペラード・金丸義信組の3チームが5勝2敗で公式戦を終了したが、直接対決の勝利により1位は鈴木軍タッグ、2位はRPG 3Kと決定した為、優勝決定戦には進めなかった[45]

11月3日、SUPER Jr. TAG LEAGUE優勝決定戦に勝利したRPG 3Kをエル・ファンタズモと共に襲撃し、優勝トロフィーを強奪。[46]

2020年1月5日、第二試合で『SUPER Jr. TAG LEAGUE 2019』優勝チームのRPG 3KとのIWGPジュニアタッグ王座戦。ジュニアタッグならではのスピーディー&スリリングな攻防を展開。終盤、ファンタズモがベルト攻撃を狙うが、ロッキー・ロメロに阻止され、最後はファンタズモがRPG 3Kの新合体技に沈られ、王座から陥落。[47]

6月16日から開幕したNEW JAPAN CUP 2020に出場。17日の第一試合で1回戦の相手ゲイブリエル・キッドをYes Lockで破り、24日の第一試合で2回戦を金丸義信と戦いブラディークロスで勝利。7月3日の第四試合でオカダ・カズチカと準々決勝戦で対戦するがコブラクラッチでギブアップ負け。初のNEW JAPAN CUPはベスト8の成績で終えた[48]

8月29日に行われた「SUMMER STRUGGLE in JINGU」の第4試合でIWGPジュニアヘビー級王者高橋ヒロムとジュニアヘビー級王座戦で対決。試合はスピーディー&テクニカルな真っ向勝負になったが、SUMMER STRUGGLEシリーズ中も徹底的に痛めつけ休場に追い込んだ高橋ヒロムの左肩にダメージを蓄積させ、最後はBone Lock(変型Yes Lock)でギブアップ勝ち。二度目のIWGPジュニアヘビー戴冠を果たした[49]

11月15日~12月11日に開催された「BEST OF THE SUPER Jr.27」に出場。デスペラード、高橋ヒロムと共に勝点14で首位タイに並び全公式戦を終了したが三者の直接対決の結果、1位デスペラード、2位ヒロムとなり12.11武道館の優勝決定戦には進出できなかった[50]

2021年1月5日、第5試合のIWGPジュニアヘビー級選手権試合で、前日に『SUPER J-CUP』優勝者のエル・ファンタズモを下した『BEST OF THE SUPER Jr.』優勝者の高橋ヒロムと対戦。解説の蝶野正洋に何度も絶賛されるパフォーマンスを見せたが最後は高橋にTIME BOMB IIを決められ王座防衛に失敗した[51]

1月23日、エル・ファンタズモとのタッグでエル・デスペラード金丸義信の持つIWGPジュニアタッグ王座に挑戦。ファンタズモがサドンデス(スーパーキック)で勝利を収め、2度目の戴冠を果たす。しかし、前王者組がダイレクトリマッチを表明し、2月25日に初防衛戦が行われた。結果はファンタズモのサドンデスが誤爆してしまいノックアウト。そのままデスペラードのピンチェ・ロコで敗北。約1ヶ月で王座陥落してしまった。

3月29日、CHAOSとBULLET CULBの10人タッグマッチにて、KENTAのアシストで後藤洋央紀からブラディークロスでピンフォール勝ちを収め、保持するNEVER無差別級6人タッグ王座挑戦をアピール。

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 石森のファイトスタイル

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石森のファイトスタイルは正統派です。相手と真正面からぶつかり合って細かなテクニックとタフさで勝負してくる典型的なファイターですね。

現在のフィニッシャーはブラディークロスハーフハッチの体勢で持ち上げ、自らの片ヒザを相手の顔面付近に押しつけながら落下していく飛びつき式変型フェースバスターですね。

さらにリバース・ブレーンバスターの体勢で相手を垂直気味に持ち上げで自らの片ヒザを立てて、落下していく相手の首から背中に飛びつき式変型バックブリーカーリバース・ブラディークロスうつぶせの相手をサイドから片羽締めの体勢で、片腕を巻き込んで締め上げる変型Yes LockBone Lockなどを使用しますね。

オカダカズチカの試合を生放送で見る方法は?これまでの経歴も紹介!

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石森の試合の見所とまとめ

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いかがでしたでしょうか。日本のリングでオカダカズチカ、内藤哲也、棚橋弘至と並び、日本のプロレスラーとして圧倒的な知名度を誇る石森。今では多くのファイトで人気を博しており、団体に欠かせない存在となってますね!

そんな彼の試合をテレビの大画面で見るにはスカパーのサムライTVとの契約が必要ですが、彼の試合にはその料金以上の価値があるエキサイティングなものが多いですよね!

これを機に彼の試合と他のスポーツも合わせて見てみてはいかがでしょうか。

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